SOKA薬王のBlog

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2007-02-01から1ヶ月間の記事一覧

「週刊読書人」5

【編集部】 第二章には、一九五六年のある女子部の会合で池田室長が提案し「人生の並木路」を歌ったという話が出てきますし、第三章には戸田城聖会長が夕張炭労事件での祝賀の宴で池田室長に歌うように命じ、室長が「霧の川中島」を三回も熱唱した話が出てき…

桜井章一の極意と心得

雀鬼流。―桜井章一の極意と心得作者: 桜井章一出版社/メーカー: 三五館発売日: 1996/05/01メディア: 単行本購入: 2人 クリック: 24回この商品を含むブログ (10件) を見る 小野さんの日記に紹介されていた桜井章一氏。以前↑の本を読み、町田にある桜井氏のお…

「週刊読書人」4

【編集部】 本書の第一章には、池田青年室長が、(戦いの要諦は、信心から発する「法華経の兵法」に極まること)と認識し、(「黒田節」を舞い、みなの戦う気運を高めた。)とありますが、黒田節を舞って戦う気運を高めるのは、池田氏でなければ出来ないことかも…

「週刊読書人」3

【編集部】 一九六〇年代の初めというと、かなり早い時期ですが、その取材で創価学会の会員について感じられたことはどんなことですか。 【田原】 その時は、池田氏が、日大の講堂で学会員を集めての演説も取材しました。そこで感じたのは、みんなが明るいな…

「週刊読書人」2

【編集部】 確かに、おっしゃる通り、この本ではいきなり創価学会のエネルギーを生々しく感じさせます。当時まだ二十八歳の池田青年室長は戸田城聖第二代会長に代わって、東京の次に大事なのは関西だということで大阪地方区の″主将″になって戦いの指揮を執っ…

「週刊読書人」1

padファイルでいただいたものをテキスト化して掲載いたします。(感謝) 「週刊読書人」田原総一郎氏インタビュー 潮出版社から『平和と文化の大城 池田大作の軌跡I』 (四六判二六九頁・一〇〇〇円)が刊行された。これは、月刊誌「潮」に二〇〇六年一月号か…

「戦後五十年の生き証人」が語る15

【中央公論1995年4月号 池田大作:田原総一朗】 【田原】今後の創価学会の目標はなんですか。 【池田】世界に仏教の思想を広めることです。 【田原】外国の創価学会の会員と日本の会員との違いはありますか。 【池田】言語や民族が違っても、心というも…

「戦後五十年の生き証人」が語る14

【中央公論1995年4月号 池田大作:田原総一朗】 【田原】ところで公明党が新進党に参加しました。ただし、参加したのは衆議院と改選される参議院の人たちです。参議院の非改選議員は「公明」として残り、参加しなかった。これは、公明党が二つに割れたと…

「戦後五十年の生き証人」が語る13

【中央公論1995年4月号 池田大作:田原総一朗】 【田原】当時、いくつかの雑誌が、もうやめたはずの、学会本部での出陣式をまだやっていると報じていましたね。 【池田】いや、ないでしょう。 【田原】間違いですか。 【池田】間違いです。学会の何かの…

「戦後五十年の生き証人」が語る12

【中央公論1995年4月号 池田大作:田原総一朗】 【田原】平成6年5月、四月会という団体ができました。宗教団体の代表や文化人の集まりで、「自らの観念、信仰に固執して他を排除しようとする勢力や、それと同調するものに対して厳しく一線を画する」と…

「戦後五十年の生き証人」が語る11

【中央公論1995年4月号 池田大作:田原総一朗】 【田原】ところで、今の創価学会は、僧侶抜きの団体です。しかし、学会が大きく成長した時期には僧侶がいました。成長してからお坊さんがいなくなった。これは、どういう理由ですか。成長したから必要なく…

「戦後五十年の生き証人」が語る10

【中央公論1995年4月号 池田大作:田原総一朗】 【田原】ところで、普通の会社では、名誉会長は文字どおり名誉職です。創価学会名誉会長とは、どんな役割なんですか。 【池田】名誉職でないことだけは事実です。会則の第2章に「名誉会長を置くことがで…

「戦後五十年の生き証人」が語る9

【中央公論1995年4月号 池田大作:田原総一朗】 【田原】昭和35年に会長に就任したとき、「七つの鐘」という目標をたてられました。「昭和54年に王仏冥合を完成させる」、つまり「政権をとる」といったそうですね。 【池田】「政権をとる」というこ…

「戦後五十年の生き証人」が語る8

【中央公論1995年4月号 池田大作:田原総一朗】 【田原】昭和45年に、藤原弘達さんの『創価学会を斬る』という本をめぐり、いわゆる言論問題が起こりました。池田さんは、これをどう捉えていますか。 【池田】先哲いわく、「同じ石に二度躓くは、愚か…

伝統の2月

【神奈川での若き日の先生のエピソード 1999.4】 先日、先生は神奈川に3日間行かれました。みんな第一線で戦っていて忙しいからと、代表の方とのみ懇談されました。(3月27日)しかし、「本末究竟等だから代表の方と会うことが、みんなと会うことな…