理学療法の未来
身体感覚喪失の時代に医療事故が続く。近代医学の基本的な身体の見方からすれば、当たり前のことである。なぜなら、モノとして身体を考えるからである。
「腹が立つ」「頭に来る」から「ムカツク」へと、人の怒りの表現は変遷してきた。身体で感じる時代から、頭で感じる時代へ、そして今、感じられなくなった身体にエネルギーはますます鬱積し、今にも噴火しそうである。リハ・センターにおいても「自殺未遂後のリハ」は現実的な課題となっている。「言葉なき身体」と「身体なき言葉」の間に存在する溝は、ますます深くなってきている。
しかしこの溝を埋めていく営みの中にこそ、「生きている」事の現実感があるのではないだろうか。思えば近代において、身体に触れそれを活性化していくことを生業としている人間は、極めて僅かである。理学・作業療法士には、時代状況に対して、幾ばくかの責任を負うのではないかと考える。