SOKA薬王のBlog

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育成


野口晴哉・語録

丈夫な子供たちは一心に積み木をして遊んでいる。
積んでは壊し、壊しては積む。彼らにはその行為そのものが楽しいのだ。
大人が近づく、上手に積んだことを褒める。


子供たちはその時から上手に積むことに興味を持ち、褒められる為に積むようになる。自分の為したことを自分で楽しむことができなくなり大人の目に上手に映るように積む。子供の楽しみを大人が奪ったのだ。
       

褒められたい為に隣りの子の上手に積んだのを壊したりする。
上手な子に手伝って貰うことも覚える。結果の為に行動するようになって、行為そのものを楽しめなくなる。大人が子供たちの天心を壊してゆくが、大人はこのことを知らない。子供たちも勿論知らない。
              
こうして人間は天心に生きることから離れていく。
天心に気づくのは天心を失ってからである。
天心に気づかないのは天心が残っているからである。
天心を失って天心に気づくのは天心である。
人間は結局天心に生きている。


子供の裡には、次代を拓く智恵が宿っている。
大人が想像することもできないようなことを考え、思いもつかぬことを想像する。     
 
子供の無知を無智と間違えてはいけない。
知識が少ないのは、生まれてからの経験が少ないことと、頭が過去のことを多く知らないからだ。又この故に、その智恵が空中に文字を書くように自由に働く。


五と五を足して十になることを知っている者には、五と五を足して千にすることは考えることもできない。その無知もその智恵に幸いするものだ。

        
それ故に子供の好奇心は、何故を追い、驚きによって力を得、次代へ進めて行く。
教えることより子供の裡にあるものを、伸び伸び育てることが大切だ。
それには、子供の裡にあるものを信ぜねばならない。
始めに子供を信ずる心があって、子供をすくすくと伸ばし、導いてゆけるのである。

子供にこうしろああしろと命令して、そのことを睨んで為させて子供を躾けている積りの人もあるが、ロボットにするなら便利だが人間に育てるならやはり自分の考えで動くように導かなくてはならない。


睨みの代わりに菓子や、褒め言葉でそのことをさせたところで同じであって、褒められたいため、菓子が欲しいために行動するような人間になってしまう。
      

こうしろ、ああしろと命令しないで自分の考えでそうするように仕向けることが大切だ。大人は子供の頭をつい無視したり、その考えているのをもどかしがって結果を示してしまうが、式がわからないうちに答を見る癖をつけてしまうことはよろしくない。