病人と看病人 1/16
人間は一人のときの心の動きと、二人以上の関係が生じたときの心の動きは微妙に異なるものである。兄弟のいない一人っ子、二人兄弟、三人兄弟の各々の心理を思い浮べれば、このことは容易に理解されよう。長年整体指導に携ってきた著者は、早くから病人の特殊心理として、未練症状や被害者意識を指摘してきたが、この特殊心理も、実は、看病人や医者といった第三者との関わり合いの中で初めて生じてくるものであると著者は言う。
著者は病人と看病人を対置させ、各々の潜在意識内の葛藤などを鮮かに描出するとともに、こうした状況に陥った際の具体的な解決への指針を与えている。本書は、「背く子 背かれる親」「嫁と姑」と並んで、人間関係に於ける心理を追究した三部作の一つである。
「序1」
私の家では、数年間、いつ死ぬかわからない重病人を抱えていたことがあるが、その病人が死んだとき、いろいろな方からもらった見舞状のなかに「時として病者は家族の中心になっていることがあります。家族全体は、病者を介抱しているつもりでいて、実は病者によって逆に支えられているのです」というのがあり、これがもっとも私の傷心を慰めてくれた。この見舞状を書いてくれた人も、病臥したままの老母を、すでに数年抱えていて、その実感を以て、私を見舞ってくれたのである。
私はいま、先生の新著「病人と看病人」を読みながら、まず、そのことを思い出した。世間には病人と看病人の関係にある人は、あまりに多い。ごく広い意味でいえぱ、みんなそうかもしれない。この本には、そうした、病人と看病人の複雑微妙な関係と、それによって生じるさまざまの問題が、余すところなく解明されている。
文中に「病気を看る看病人は最も良く、病人をみる看病人は次に艮く、病人に看られようとする看病人は全く価値がない」という、この本の核になるような箴言があるが、いまかえりみて私たち家族の場合は、病人に対して「病人をみる看病人」でしかなかったことを教えられたのである。ともかく、この本のようにゆきとどいて説かれていると、砂地に水のしみ込んでくるように、納得されることぱかりである。