SOKA薬王のBlog

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ある指導者の愛6

『これでわたしは生きてゆける。どんなしいことがあっても、先生のあったかい手を思い出して頑張ろう。そう思いました。帰りの列車の中でも、先生の手の温みがずっと残っているみたいで、なるべくわたしは手を使わずにそっとしていました。


 そして家に帰るとすぐ、わたしは母のために先生に握っていただいた左手で、寝ていた母の手をきつく握ってやりました。先生の手だと思ってね。どう。あったかいてしょうって……』お母さんは泣いて喜んだ。お母さんは腎臓病とリュウマチだった。重体というほどではなかったが、季節の代わり目にはいつもしみ、暗い顔で寝ている日が多かった。


 それが、木村さんが手をにぎってあげた日から、少しずつ元気になってきた。お医者さんの診断はまえとおなじだったが、表情がなんとなく生き生きして、「きょうは気分がいい」というときがふえてきたのだ。これはあたりまえだと思う。以前は、木村さん自身が暗い顔でイライラしていたから、それを病床から見つめるお母さんの気持ちも暗く、絶望的だった。しかし、そのひとと握手したあと、木村さんが「もうこわいものはない」と明るく立ち直ったので、お母さんのほうも気持ちに張りが出できたのである。


 この気持ちは、結果的には病状をも好転させた。暗い気持ちて受ける治療はなかなか効かなかったが、明るく気持ちを張って受ける治療はだんだん成果をあげてきたのだ。二年後、お母さんの腎臓病は、蛋白の量が半分に減り、リュウマチはごく軽い片足の不自由を残すだけになった。さらに一年後、木村さんはどうやら定時制高校を終えることができ、平の女工さんから熟練部門に昇格した。三万円に満たなかった給料も八千円アップした。


 同時に、一つ下の弟が工高校を卒して働きはじめ、お母さんも、もともと腕のよかった洋裁の内職をぼつぼつやるようになって、一家にはやっと早春のようなゆとりがよみがえった。そんなとき、木村さんは、そのひとが地方指導の途中に、彼女の地域にも立ち寄ってくれるというニュースを知ったのである。