SOKA薬王のBlog

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「池田名誉会長の世界との語らい」より

モントリオール大学 シマー元学長 ブルジョ教授

「挑戦」と「応戦」

恩師はよく、健康と生命の関係を「病気上手の死に下手(へた)」という言葉を用いて説明された。 ただ病気にかからないように注意していれば、長生きできるというわけではない。また、長生きイコール幸福で充実した人生とはいえない。 ブルジョ博士も賛同されている。 「医学は寿命を延ばすことには成功しましたが、生命に新しい活力を与えるところまではいっていません」 世界一の長寿国となった日本の現実を見ても、それは痛感せざるを得ない。 そもそも、真の「健康」とは何だろうか−−−。 


 「どこにも病気がない」状態を指すのではない。常に病気に立ち向かいながら、ダイナミックに「均衡(きんこう)状態」を維持しようと努(つと)める「不断の闘争」であると、博士は定義される。


 思うに「健康」とは、病の「挑戦」に立ち向かう、「応戦」の力が十全に発揮された状態とはいえまいか。 人間の生き方に即して言えば、たえず、何かに挑戦する。 何かを創造する。前へ前へと自分の人生を開拓していく。この「戦う生命力」こそ、ブルジョ博士の言われる「活力」であり、真の健康人生の源(みなもと)であろう。博士ご自身の健康法も、「問題を積極的に解決して、くよくよしないこと」、そして「よく歩くこと」であるという。


戸田先生 巻頭言集」より

 また、こんな言葉が、関西方面で言われていると言う。
「病気上手の死に下手」と。
これは、また健康と生命の関係を、如実にものがたっているのではないか。健康なら長生きすると言う考え方は、大いなる誤謬(ごびゅう)である。


 人間は何のために生まれてきたか、こういうことを人に聞くとき、満足に答える人はおらない。親孝行のために生まれてきたといっても、それは実際的ではなかろう。金もうけのために生まれてきたというならば、資本主義の変形である。


 人間に生まれてきたわれわれの目的は、楽しむためであるということを、
どこまでも忘れてはならない。その楽しむためには、健康というものが、そうとうの役割を占めることを忘れてはならぬ。それとて度をすぎるならば、身を誤るもとになる。


 要するに、根本は強き生命力と、たくましき智慧とによって、わが人生を支配していかなくては、ほんとうの幸福は得られないことを知らねばならぬ。